大聖堂付属博物館は、かつて大聖堂内部あるいは外部に安置されていた彫刻などを所蔵している。
所蔵品
『ピエタ』ミケランジェロ・ブオナローティ(1547年から1548年着手、1552年から1553年完成)
大聖堂の『聖歌壇』ルーカ・デッラ・ロビア(1431年10月4日から1438年8月にかけて制作)
大聖堂の『聖歌壇』ドナテッロ(1433年11月14日委託、1438年10月30日に完成)
大聖堂西正面の像『ボニファキウス8世』アルノルフォ・ディ・カンビオ[5]
大聖堂西正面の像『聖アンブロシウス』、『聖ヒエロムニス』ピエトロ・ディ・ジョヴァンニ・テデスコ[6]
大聖堂西正面の像『聖アウグスティヌス』、『聖グレゴリウス』ニコラ・ディ・ピエトロ・ランベルティ
大聖堂西正面の像『福音記者聖ルカ』ナンニ・ディ・バンコ(1408年12月19日制作委託、1413年2月16日に報酬支払記録あり)
大聖堂西正面の像『福音記者聖ヨハネ』ドナテッロ(1408年12月19日制作委託、1415年10月8日に聖堂西正面に設置)
鐘楼外壁浮彫『7つの惑星』『7つの徳』『7つの慈悲』『技芸と職業(絵画、彫刻、建築、金工、医術、機織)』アンドレーア・ピサーノ、ニーノ・ピサーノ(1336年から1350年頃にかけて製作)
鐘楼外壁浮彫『文法(ドナトゥス)』『哲学(プラトンとアリストテレス)』『音楽』『占星術(プトレマイオス)』『幾何学(エウクレイデス)』ルーカ・デッラ・ロビア(1437年5月30日に制作委託、1439年3月10日まで作成のための支払記録あり)
鐘楼外壁西面彫像『預言者エレミア』、『預言者ハバクク』ドナテッロ(『エレミア』は1425年頃、『ハバクク』は1430年頃に製作)
鐘楼外壁西面彫像『洗礼者ヨハネ(?)』、『預言者オバデア』ナンニ・ディ・バルトロ
鐘楼外壁東面彫像『紙巻きを持つ預言者』『髭のある預言者』ドナテッロ(『紙巻きを持つ預言者』は1415年から1418年、『髭のある預言者』は1415年から1420年にかけて製作)
外壁東面彫像『預言者』ジュリアーノ・ダ・ポッジポンシと推定
外壁東面彫像『アブラハムとイサク』ドナテッロ、ナンニ・ディ・バルトロ(1421年3月10日に製作委託、1421年11月に完成)
洗礼堂東扉『天国への門』ロレンツォ・ギベルティ、パオロ・ウッチェロ、ミケロッツォ・ディ・バルトロメオ(1425年1月2日に制作委託、1452年7月に東側に設置)
彩色木像『悔悛の聖マグダラのマリア』ドナテッロ(1455年頃作成)
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大聖堂や礼拝堂で起こった出来事 [編集]
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂をめぐる出来事として最も著名なもののひとつは、1478年のパッツィ家の陰謀である。パッツィ家とメディチ家の対立が激化し、その結果、パッツィ家はロレンツォ・イル・マニーフィコの殺害を計画した。
4月26日、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の復活祭ミサでパッツィ家に組する暗殺者がメディチ兄弟を襲った。兄ロレンツォはかろうじて逃れたが、弟ジュリアーノは刺殺された。暗殺者らは市民に反乱を呼びかけるも失敗。暗殺者だけでなく、パッツィ家当主をはじめ100人近くが捕らえられて、死刑になった。容赦の無い処断に、パッツィ家と結んでいた時の教皇シクストゥス4世を激怒させ、教皇庁とフィレンツェの間で二年におよぶパッツィ戦争が起こった。
またあるとき、聖ジョヴァンニ洗礼堂に集った群集が争い、そのさなかに小児が洗礼を授ける大理石の水盤にはまってしまった。溺れ死にかけたところをダンテが斧をふるってその水盤を破壊し、子供の命を助けた。しかしその後、水盤を壊したことで非難されたためか、『神曲』「地獄篇」中でそのことを弁解している(地獄篇第十九歌)。
2008年2月18日、日本の岐阜県にある岐阜市立女子短期大学の生徒が研修旅行で訪れた際、大理石の壁に名前などを落書きをしたことが、この落書きを見つけた日本人観光客からの訴えにより判明した。この事件では学生6人と引率教員2人が学長厳重注意処分にされている。なお、この事件の対応に対してイタリアのマスコミは、落書きだらけの自国の街並みや文化財の惨状を恥じるとともに、自国の学生の行為を恥じ告発する日本人観光客の潔癖さと、迅速な学校側の処分を賞賛とともに伝えた。また、修復費用については不要である旨が大聖堂より大学側に伝えられている。